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  • 2009.06.03 Wednesday
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ごあいさつ

 これは我々の知る世界の、千年後の物語。

 幾多の世界的戦乱を経て多くの地域は荒廃し、人類の大半はヨーロッパに集結していた。健やかな営みは続き、前代の課題であった民族間の垣根もいくらか超えたが、それでも人類から戦争の歴史が途絶えることは無かった。

 ユーロニティ帝国南フランス地方の都市・ガプに住む、ごく普通の少女・エリナ。『重鉄刀の斬兵』の異名と悲しき過去をまとい、変身型装甲アームドデルタを駆る傭兵・ラーズ。偶然出会ったふたりの前に、世界の裏で暗躍する者達がその姿を現し始める――






 小説ブログ『逢訣の斬(おうけつのざん)』へようこそ!作者の羅閃(らせん)と申します。


 この小説は本家『地方の星団』で連載していたものですが、私の好きなトピックと同時に扱うことに限界を感じ、小説ブログとして独立させました。一般的に、

「webで小説を書くのにブログは向かない」

 と言われており、私自身もそう思っている立場なのですが、更新の利便さを重視してブログという形態を採ることにしました。その分内容に力を注いでいくつもりですが、それが適っているかはあなたの評価に委ねたいと存じます。


 ひとつだけ申し上げるべきは、この小説、長いです。各回のボリュームも小説ブログの中ではそこそこある方かも知れませんが、1話毎の分量も文庫小説のそれを目安にして作っています(『Prologue』部は除く)。また、2008年1月5日現在、5章立ての計100話前後を構想としており、10年単位での創作になると思います(大小のプロットだけは既に完成しています)。このような作品の書き手である私も、1話毎の原稿作成と1回1回の推敲・更新でパワーを使うので、毎日更新して皆さんにお見せできるとは限りません。私が挫折しないことを期待して頂きながら、気長に見守って下さるとありがたい。




 以下は、閲覧方法、小説ブログポリシー、その他の特記事項についてのご説明になります。




<閲覧方法>

 『逢訣の斬』トップに飛んで来られた場合、新しく更新した順に各回(ブログで言うひとつひとつの記事)が並びます。この『ごあいさつ』の次の回が、その時点での最新更新回です。

 各話を順々にご覧になる時は、以下の2つが便利です。

(1)『カテゴリ選択』で閲覧する話を選ぶ。
 それぞれの話の最初から10回ごとに表示されます。
※ PCからお越しの場合は、右側サイドバーから選択して下さい。携帯からお越しの場合は、それぞれのページの最下部近くにある『カテゴリページ』からお選び頂き、そこから各回を閲覧できます。

(2)『目次』で閲覧する話を選ぶ。
 『目次』から各回へ飛べます。
※ PCからお越しの場合は、『目次』から各回に飛ぶ動作の際にウインドウが1個増えます。続けて別の回を見る場合はそのウインドウに表示されますので、消さずにそのままご覧頂けます。携帯からの場合は、『カテゴリ選択』と同じ要領で各回を選択して下さい。




<小説ブログポリシー>

(1)毎回の最下部に『にほんブログ村』へのバナーを貼ります。御心が向いたらクリックしてやって下さい。

(2)このブログでは『逢訣の斬』以外の内容については扱いません。作者・羅閃の趣味的な話等につきましては、『地方の星団』をご覧下さい。

(3)『逢訣の斬』では「18歳未満閲覧禁止回」を設ける場合があります。これに関して↓
一、「18歳未満閲覧禁止回」は、ご覧にならなくとも話の内容が繋がるように作成します。
二、「18歳未満閲覧禁止」の基準は「性行為自体の描写」を対象とし、「性行為等を喚起する内容」や「暴力・猟奇的な表現」についてはその限りではありません。
三、「18歳未満閲覧禁止回」はその回のタイトルに「(18禁)」と追記する以外に『目次』の該当回にその旨を記載、又、その回自体においても性行為描写の記載及び年齢確認を設けます(具体的にはブログ機能『続きを読む』を応用します:参考実施例⇒『地方の星団』本日の1曲(50)『I.V.』 × 虚飾と偏見に満ちたデスメタル講座(10)「『SAW4』はデスラッシュ」)。




<その他の特記事項>

(1)コメントは御自由にどうぞ。レスも返させて頂きます。ただ、ネタバレや自主解説めいた内容を書いたりするのには抵抗があるので、私からの反応を淡泊に思われるかも知れませんが、悪意が無い点だけはご理解下さい。

(2)小説ブログの性質上、トラックバックは全面的に受け付けません。『地方の星団』では受け付けておりますので、渾身のネタがございましたらそちらにお願いします(承認性を敷かせてもらっており、内容によってはお断りさせて頂くこともあります)。

(3)当ブログは基本的にはリンクフリーと致しますが、「18歳未満閲覧禁止回」へのリンクはご遠慮下さい。相互リンクのご相談はお気軽にコメント欄へどうぞ。


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『アームドデルタ』と『マテリアライズ工学』

 『アームドデルタ』は、30世紀後半から世界各国・地域で用いられている人型機動兵器。大まかに言えば、

・人間から「変身」して人型マシンとなる。人型マシンから「変身」して人間へ戻る。装甲や機体の一部を損なっても、頭部の『マテリアライズ・ハード』と胸部の『ライナー炉』が無事ならば、五体を損なわない状態で元の身体に戻れる。

・使う人間の練度にもよるが、生身で当たり前に行う動作と同じく、意のままに機体を動かすことができる。使用者がマシンを使うのではなく、「使用者自らが人型マシンになっている」。

・機体運用を司るマテリアライズ・ハードから武装データを実体化させ、それを扱うことができる。

 という、3点の特徴を持っている。


 29世紀末から、有機無機を問わず物質をコンピュータ上のデータに置き換える『マテリアライズ工学』が発達。それを軍事的に転用して生み出された陸戦用変身型装甲『サイバーデルタ』は、陸戦戦術を一変させることに成功した。31世紀の半ばにサイバーデルタの発展型である空陸両用変身型装甲・アームドデルタ1号機が開発され、サイバーデルタの生産サインを引き継ぐ形で量産化、世界的に普及した。


 サイズ等は機種によって異なるが、全高は概ね2メートル程度、本体重量は350kgを前後する。戦闘兵器としては小型だが、戦車・装甲車・航空機といった従来の大型兵器と比べて小回りが効き、攻撃回避時に必要な機動性が保証されている点が最大のメリットである。それらの兵器群との比較においては、アームドデルタが多様な状況に対応可能な点と操作の追従性が高いことも挙げられる。


 アームドデルタの動力は、半永久機関『ライナー炉』によって大気中の水素や酸素を動力炉で加速させて、その運動エネルギーを取り出した『ライナー』が用いられている。アームドデルタの基本的な機体性能は、このライナー炉に取り込める水素や酸素の量『HO(エイチオー)係数』とそれらの加速力、機体を運用するOSの精度によって主に左右されることになる。


 アームドデルタの頭部の人工頭脳『マテリアライズ・ハード』から全身に張り巡らされた伝達神経を通じ、各部に内蔵されたモーター群が稼動して、機体を動かす。動作の感覚は生身の人間だった時のそれとほぼ変わらないが、アームドデルタと個々の生身の身体においては重量の差、各部野のサイズの差、神経感覚自体の差があり、「歩く」「走る」「物を掴む」といった基本的な動作だけでも順応するにはかなりの訓練時間を要する。また、飛行用のバーニアや姿勢制御用のスラスター等、生身の人間には無かった部野の操作については、その部野へ直結する神経節の存在を認識した上で動作を一から確かめながら使い込んでいく必要がある。加えて、同じアームドデルタを用いていても、使用者自身の経験に基づく諸動作や反射速度が反映される為、機体の性能を充分に生かし切れない者もいれば、逆にアームドデルタの方が使用者の能力資質に対応し切れない場合もある。


 しかし、訓練期間においては、それら機体と身体の『リンク率』よりも、OS操作法の掌握の方が重要視されている。個人としての自我はマテリアライズ・ハードに内在し、アームドデルタ使用時の思考や情動も人間時と同様に発生する。マテリアライズ・ハードはアームドデルタ使用者が人間に戻る時に必要なデータが保存されているだけでなく、アームドデルタの機体運用も司る。人間に戻る時や後述するライナー出力の調整や武装の展開等の各種機体制御を行う際はプログラムを展開することになるのだが、この操作に不慣れな場合は使用者自身の雑念によって妨げられることが多い。一定以上の集中力と認知力が要求される為、仮に全ての人間がアームドデルタに変身できたとしても、その全員が使いこなせるとは限らない。


 ライナー炉で生み出されたライナーは、熱エネルギー弾として打ち出す『ライナー兵器』に転化することが可能である。ただし、現行のアームドデルタは、自機のライナーから一定量の熱エネルギーを遮断する周囲展開型バリアフィールド『ライナーバリア』を標準装備しており、自機がライナー兵器による攻撃手段を備えていると同時にライナー等熱弾兵器に対する防御手段も持ち併せている。とは言え、ライナー兵器とライナーバリアを全開で稼動させ続けていれば、長時間に渡る作戦の場合、ライナー炉の不調(最悪の場合は自壊)を引き起こし、機能不全に至って大変危険である。また、ライナーバリアでライナー弾等を無計画に受け続けた時も、同様の状態に陥る。その為、使用者には状況に応じたライナー出力の配分はもとより、自機の周囲や自軍が取る作戦を正確に把握することが求められる。また、機種によってライナー出力は異なる為、少数生産の高級機と多数製造された量産機では、ライナー兵器とライナーバリアにかける標準的な出力に著しい差が生じる。


 マテリアライズ・ハードには武装データも保存されており、『武装展開プログラム』を展開させると、武装が実体化する。このデータは実体化させた時に消失する為、武器を消費、もしくは破壊された場合、戦闘中の補充は効かない。実弾兵器の弾薬・弾頭類も、このデータから消費される。消費・破壊された武装のデータは、故障・欠損した機体部野・装甲等と共に、メンテナンス用機器でデータを補充する。ただし、これらの武装データは機体データ・使用者データ等以外の空き領域で充当される為、マテリアライズ・ハードの容量の許す限り武装や弾薬等を格納できる。例えば、ライナーライフルをひとつ破壊されたとしても、ライナーライフルのデータが別にもうひとつ残っていれば、それを展開して何事も無かったように応戦することができる。


 ライナー兵器に使用されるライナーは出力調整等の制約はあるものの、データ量から使用回数に限りがある実弾兵器と比べると、その量は無限と言っていい。しかし、実弾兵器類はライナーバリアの影響を受けない為、相当硬い装甲でなければ、何らかの方法で回避するしか防ぎようが無い。そこに、アームドデルタ戦の駆け引きが生じ、ライナー兵器・実弾兵器の双方が、敵を追い込み倒す上でいずれも牽制・決め手になり得る。


 平時では、アームドデルタは『デルタームド』と呼ばれる手甲型ハンドベルトコンピュータにデータ保存されている。『デルタームド』から『アームドデルタ展開プログラム』を開き、スタンバイ後に「リアム」とコールすることで、アームドデルタに変身する。逆に人間に戻る際は、『アームドデルタ格納プログラム』を開き、スタンバイ後に「リジェクト」とコールすることで可能となる。


 軍制・私用を問わず、アームドデルタには他者による使用を防ぐ為、認証用個人データが予め組み込まれている。「リアム」のコールは最終的な個人認証としても機能する。基本的にはその使用者でなければ同機体へは変身できないが、メンテナンス用の機器で認証の初期化を行えば、他の人間が使用することはできる。ただし、前の使用者が使っていた時の動作アルゴリズムまで初期化することはできず、新しい使用者が自分の動作でアームドデルタを慣れさせるには、新品の同型機を使うよりも多少の労力が要る。


 アームドデルタを使うに当たって初心者が最初に直面する大きな課題は、「アームドデルタから人間に戻ること」。その際に必要なのは、アームドデルタ格納プログラムを開き、所定の操作を行ってスタンバイ状態にしてから「リジェクト」コールを唱えるという至ってシンプルな行程。しかし、この時に必要な「思考とOS操作を並立」が初心者には困難であり、使用者によってはアームドデルタから人間に戻るだけで丸1日費やしてしまうこともある。思考とOS操作の訓練においては、この動作のみを繰り返し行って時間短縮に勉めさせ、用法を叩き込む教導法を最初に施す部隊も珍しくない。


 「リジェクト」の際はその時の自機がそのままデータ化される為、発生した破損・欠損も保存される。その場合、再びアームドデルタを展開すれば保存前の破損・欠損状態で戦わねばならない。破損等は専ら、デルタームドからメンテナンス用機器にアームドデルタのデータを一時移管し修復するのが通常。この時、弾薬等の補充も行う。あくまで例外だが、武装プログラムの空き容量には装甲材や神経材等のデータを入れることもできるので、破損した部野を戦闘中にその場で加工して補う熟達者も少数ながら存在する。


 3016年現在、個人データが保管されているマテリアライズ・ハードと頭部は、高速移動による圧力に対して充分に耐えられるよう設計が施された機体が大半である。軽火器に対しても一定の耐久性がある。しかし万一この部野が損傷した場合、メンテナンス用機器とアームドデルタとの直接連結による欠損データのサルベージを行わなければならない。この時の為、使用者は個人データのバックアップを別のコンピュータ等に保存しておくことが義務付けられている。仮にバックアップが無いままサルベージを強行した場合、元の使用者に戻れる見込みは薄い。メンテナンス用機器との接続ジャックも複数用意されているが、これが全て修復不能なまでに破損した場合、サルベージ・装甲修復・弾薬補充は不可能となる。アームドデルタの動力源が半永久機関であり、空腹感や尿意等の生理的感覚が発生しないことも併せ、サルベージ不可となった使用者はアームドデルタのまま半永久的に生き続けなければならず、日常への回帰もまず望めない。戦傷者に類される彼等への保障政策は各国で差異があり、世界共通の社会問題となっている。


 以下の状態となった時、アームドデルタはその機能を停止する。

・頭部が破壊された場合。

・ライナー炉が破壊された場合。

・ライナー炉から頭部へライナーを供給するバイパスが破壊された場合。


 ちなみに、アームドデルタの認証用個人データは、人間からアームドデルタへの変換速度を短縮するという副次的な効果を生んでいる。アームドデルタの前身であるサイバーデルタの開発時に偶然発見されたものだが、『マテリアライズ工学』において有機物をデータ化する工程はそのデータ量が著しく膨大である為に時間も要し、本来ならば一瞬での変身など不可能なはずと研究者からは考えられている。『マテリアライズ工学』の有機物からのデータ化の例を挙げれば、「専門機器1基でトマト1個をデータ化するのに18時間」という通説がある。また、脊椎動物をデータ化して再形成する前にデータをコピーし、コピーデータから新しく個体形成を試みる実験は全て失敗に終わっている。無機物や無脊椎動物では成功はしたものの、コピーデータからの形成は元データの再形成よりも遥かに時間がかかり、通常通り採掘・取得した方が早い為、実用化には遠い。取得したデータの遠隔地への転送による、交通的な手段によらない輸送方法も研究されているが、いかんせん転送自体に時間がかかり、これも現行の交通手段で直接行くなり運んでしまった方が早い。アームドデルタの開発も含め、未だ謎の多い研究分野である。


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第1話「重鉄刀の斬兵」(11)

 各迂回部隊に混ざったゴシュオ=ランパーゼのアームドデルタ。一度突撃命令が下れば、めいめいが指示を飛ばさず仰がず、ユーロニティの中衛軍と後衛軍の只中へ踊り掛かる。カステリア軍の大半がユーロニティ前衛軍に襲い掛かったのを知り、中衛・後衛の部隊が行軍速度を速めようと全軍に通達を始めた時だった。

 ユーロニティの中衛軍5,000機は、カステリア軍1,000機の突撃とその意図に気付くや、先行している前衛軍との合流を試みた。だが、それがカステリア軍に妨害されると早々に迂回部隊の迎撃に転じた。中衛軍の将・リッケンバッカー少将も、ヨークデリア司令に引けを取らない軍才で知られていた。

 数え切れない戦歴で育まれた熟練部隊にいるラーズは、カリン率いるアーブルタイド大隊をはじめとした仲間達やカステリア正規軍と共に、漆黒の機体の背負うバーニアを噴射させて敵中衛軍の端から端を往復して引っ掻き回していた。敵アームドデルタとのすれ違い様に、ひたすらライフルを撃ちまくり、加速度を乗せた鉄刀で斬りまくる。それで落とせる機体もいれば、うまく見切られてひらりとかわす機体もいる。外したのは、今まで使用していたスカイブラックと今日初めて使っているガーヴァンサス=ツンツェルとの間にある動作の差異もあるが、それよりも重く掛かるのは自機の凄まじい速度。先程から高機動戦闘を仕掛けるカステリア迂回部隊でも、確実に敵機に命中させているのはトップエースのカリンだけだった。だからこそ、仕留め損ねに気を取られることも無ければ、その暇も無い。次から次へと展開の変わる高機動戦闘の一景で、ガーヴァンサス=ツンツェルを操る彼は冷静だった。だが、一方では焦ってもいた。

 ラーズ達カステリア軍の突入から5分、双方の残機数は大きく変わってもいない。敵中後衛の軍の動きは今の所止まっており、当初計画された前衛軍との分断には成功している。だが、カステリア軍の戦術的優位は機先を制して機動力で撹乱させた一時的なものに過ぎず、数では明らかな開きがある。そして、ユーロニティ軍は大軍による心理的有利と国境を突破した勢いもあってか、大して混乱することもなく着実に迎撃姿勢を取り戻しつつあった。速度を利かせて敵軍の中を動き回っていたはずが、逆に個別に数機編隊で追い立てられている友軍機も散見される。被弾・撃墜も出始め、味方機体の負荷蓄積による作戦未遂のままの敗退も時間の問題である。

 ゴシュオ=ランパーゼの面々――大隊隊長のカリンやエルンスト、小隊長のヘンリーもそれを考えたらしく、追われるカステリア軍機を追うユーロニティ軍機を更に追う形で、味方機の作戦行動を助けながら自分達も巧みに敵の攻撃をかわしていた。ガーヴァンサス=ツンツェルに傷を負わせていないラーズも、それを見て敵追跡機の妨害・撃破に移る。逃げ回るのは性に合わない。それに、自分の技量ならば追われている味方機を助けられるだけの余裕がある。中衛軍の動きを止めるのならば、動きまくる味方が減らないことが大前提となる。数瞬で結論を出すと、彼はヘンリー小隊長に通信で知らせ、即座にツンツェルの速度を落とした。

 追われていたカステリア正規軍の機体を追うユーロニティ軍の数機、それを撃墜させたラーズに、周囲の十数機が殺到する。撃たれるライナー弾、振りかざされた剣や斧を、ツンツェルを巧みに操ってかわしながら、斬っては射て次々に落とす。弾道も斬り口も、見ればわかる。軍人とは言えど、所詮は素人に多少毛が生えた程度のもの。アームドデルタであろうと生身であろうと、やることは変わらない。

 撃墜寸前の断末魔に誘われたのか、ユーロニティ軍の機体がまた続々とラーズに向かってくる。それでも小さく動きに動いて斬り回っていく彼ではあったが、この時は、いつもの戦闘とは違う何かを感じていた。

 いつもなら、自分が何かしらのアクションを取れば、敵ユーロニティ軍兵の反応は、怯え腰でかかってくるか一目散に逃げるかであった。その時に敵が優勢だろうと劣勢だろうと大差は無い。しかし今は、彼等にあるはずの怯みが見られず、ただただひたすら襲い掛かり、ラーズも遂に普段なら少ないはずの被弾に見舞われた。違和感は錯覚ではない。

 大軍の利などで意気を増しているでもない。彼等の腕は今までのユーロニティ軍とも変わりはない。彼等に変わりがなくこの状況で変わっているものがあるとするならば、果たしてそれは何なのか。滑空して敵を振り切るラーズ、思考は巡る。追って来る敵と同様、それが頭から離れない。

 謎に捕われながら戦場を見る彼は、ふと閃いた。味方機体が周囲にいない今ならば、トーピドーが使える。正確な使用法は知らないが、前に飛ばして当てるくらいはできるだろう。アームドデルタの武装展開プログラムを開いて、トーピドーポッドのマテリアライズを行う。昨日まで使っていたスカイブラックには無かった武器。スカイブラックと違う武装だからこそ、ガーヴァンサス=ツンツェルを――待て、まさか。彼の脳裏を包む謎に亀裂が走る。

(…………ガーヴァンサス=ツンツェルか!?)

 それはアームドデルタの違い。今までの彼は、スカイブラックで戦場を駆けていた。傭兵部隊ゴシュオ=ランパーゼにこの機体と共に入り、アームドデルタの使い方とその集団戦術を学ぶ中で戦果を上げて求められるものも増し、いつからか敵から恐れられるようになった。その時の敵は、『重鉄刀の斬兵』の名を呼んで。だが、今その名を呼ぶ敵はいない。味方にとっては『重鉄刀の斬兵』とはラーズ=アートシュードひとりに外ならないが、ラーズを名前でしか知らない敵にとって、畏怖すべき『重鉄刀の斬兵』はアームドデルタ・スカイブラックのものである。アームドデルタになってしまえば、人間の素顔はわからない。

 故に、彼等はガーヴァンサス=ツンツェルに躊躇うことなく襲い掛かる。スカイブラックに抱いた猛威のイメージを重ねることもなく、ガーヴァンサス=ツンツェルに襲い掛かる。その遣い手が、今まで彼等が恐れていた『重鉄刀の斬兵』だと知らずに。

 答えを見たラーズは、機体を翻しながら剣を強く握り直すと、自分を追う敵集団に真っすぐ突っ込んだ。乱射されるライナー弾を見切るより前に身体を回して避け、雄叫びを上げて1機に剣を突き刺した。

 群がるアームドデルタよりも速く剣を引き抜き、1機1機斬り落とす。下ろし斬って叩き斬って払い斬って捩り斬って斬って斬って斬って斬って。ここが戦場であるとしても殺意と言うには足りない、黒い衝動の風が吹き荒れて生命を枯らす。見えない何かに圧されるように、残っていた彼等は一斉に退いて距離を取った。何事かとでも言わんばかりに敵は集まってきたが、それでも我先にと襲い掛かる者は誰もいない。

 こいつらは全て、『重鉄刀の斬兵』と恐れていた人間が自分だということを知らない。ラーズは彼等の愚かしいまでの無知を嘲いながら、ありがたくも思っていた。異名を恐れていたのは彼自身も同じであり、彼等はそれに関わらずにこの自分と戦ってくれている。

 望んでいた。歓喜していた。自分がここにいる評価がここにある。取り囲むユーロニティ軍に再び斬り掛かろうとした瞬間、彼等の一角を斬り開いて数機のアームドデルタがラーズを庇うように立ち塞がった。その中の1機のフォルムが目に飛び込み、彼は欲動の奔流から我を取り戻す。

(ガーヴァンサス……ウィドラ…………)

 それは、ユーロニティ前衛軍と戦っているはずの、ゴシュオ=ランパーゼのスーパーエースにして幹部であり、ラーズにツンツェルを貸したカミユであった。

『カ、カミユ……!』
『”真紅の……英雄”……!!』

 敵も口々に彼の名と異名を唱え、機体正面のスラスターを噴射させて恐る恐る後ろに下がっていく。ゴシュオ=ランパーゼ、そして、今のカステリア全軍で最強の遣い手の出現に驚いたのは、ラーズだけではなかった。

 ユーロニティ軍のアームドデルタを一瞥しながら、カミユはウィドラの剣を構え、ユーロニティ軍機に向けて整然と言い払う。

『ゴシュオ=ランパーゼが一部将、カミユ=フェルナンディアン、見参!!よくも我が親友、ラーズ=アートシュードを痛めつけてくれたな!!!』

 一声に鉄の装甲を震わせる数十の敵機。ラーズもまた目を見開いた気分だった。この男から親友などと呼ばれたことはなく、そう思われているとは今まで微塵も考えなかった。ただ、事あるごとに自分を助けてくれ、ラーズも心の底では彼を頼りにしていた。意外であると同時に、心が少しずつ湧き立っていく。

 更にカミユが突入した逆方向から、別のアームドデルタが包囲に割って乱入して来た。

『カミユ!!ラーズ!!』

 カリンの声。カリンの駆るパロットグリーンのアームドデルタ・クロノスワイバーンは、両手に持ったライフルを乱射し、一気に10機ばかりを撃墜させる。

『ラーズ!!無事!?』

 叫びながらラーズの傍に飛び寄った彼女に、敵に向いたままカミユが吠えた。

『カリン!!お前がいながら、味方を窮地に立たせるとは!!』

 叱責されたカリンの微かな萎縮を、間に挟まれたラーズは感じた。

『え、ええ、ごめんなさい、ラーズ』

 カリンも敵に向いたままで、ラーズともカミユとも視線を合わせることはない。だが、それは謝罪よりも確かな響きを持っていた。作戦が作戦だ――ラーズがカミユをなだめようとした瞬間、

『ラーズだけではないだろう!!ヘンリーも死んでる!!』

 カミユの言葉にカリンが黙った。動揺は声にならず、彼女の内に篭る。だが、ラーズは違った。

『そんな…………ヘンリー隊長が……?』

 ラーズがガーヴァンサス=ツンツェルのレーダーで味方の識別を回収して調べると、自分の小隊でヘンリーの機体だけ見つからない。さっきまではあった、あったはずなのに。見落としたとするなら、あの時、ユーロニティ軍が自分を『重鉄刀の斬兵』だと知らないことに気付いてからか。

 ゴシュオ=ランパーゼ入隊時から所属していた小隊の隊長は、新米でありながら甚だしい戦績を挙げてきた彼を恐れることなく、常に変わらず接してくれた数少ない人間のひとり。今日もガーヴァンサス=ツンツェルで出撃したラーズを案じながら、頼りにしている激励を与えて、共に戦場へ躍り出た。だがその後は、各個散開して動き回る作戦の中で互いに連携が取れず、ラーズ自身も自己判断でこの乱戦劇に及んだのだ。

 カミユがカリンを責めているのは、カリンがラーズを含めたヘンリー小隊を束ねる大隊の指揮者だからだ。しかし、関係ない。小隊長の死に、ラーズは自らの甘さや失策を責めずにはいられない。

 俺がもっと小隊と繋がって動いていたら、ヘンリーの負担を軽くして死なせることも無かった。

 俺が自分の戦いに酔っていなければ、ヘンリーの危機を察して駆け付けられたかも知れない。

 スカイブラックを預けていなければ、ユーロニティ軍が恐れる俺はもっと有利に戦えた。

 『重鉄刀の斬兵』を拒んで悩むような真似をしなければ、こんなことにはならなかった。

『逆恨みだと……自分でもわかってる……!』

『ラーズ!?』

 独り震える彼にカリンが訝しむ。カミユがラーズに何か言おうとした時、紫の眼光を燃やしたツンツェルがユーロニティ軍へ憤怒を轟かせた。

『仇討ちなどとは言わない!!貴様等には死んでもらう!!!カステリアを守る為に、貴様等を殺して止める!!!!』


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第1話「重鉄刀の斬兵」(10)

 ラーズ達のいたカステリア軍の陣地は、ここ20年来のユーロニティとの国境であるピレネ山脈から南に50km離れ、軍の駐屯ありきで商工業招致が実施された新興都市・イーストウエスカにあった。一方、ユーロニティの最前衛軍は、ピレネから北に100kmほど上った大都市・トゥルーズに駐屯地を構えている。

 一見すればいずれも国境から遠く、今回のような有事の際に敵の侵入や蹂躙を許してしまうように思える。しかし、駐屯地が国境に近付けば近付いた分だけ相手国の軍事的緊張は高まり、国境を堅守するカステリア、計画的な戦略に則って侵攻したいユーロニティ、その双方が望まない無駄な小競り合いが誘発される。また、ピレネ一帯の厳冬を避け、円滑な補給を駐屯地へ配したい地理的な条件も加わっていた。国境を挟む形で自ずと広がった両軍の間の地域は、ピレネも含めてある種の緩衝地帯となっており、人口は大都市に比べるとごく僅かである。

 話はいくらか前後するが、ラーズが今依頼で来ている南フランスのモンテリマールは、かつてカステリアが領土拡大の気運に動いていた30年ほど前の時期に、ユーロニティもしくはカステリアの最前線として目まぐるしく国を替えさせられた都市のひとつである。当時、ラーズはまだ生まれていなかったが、

「30世紀後半は、ヨーロッパ世界の都市、特に南フランス地方に住まう人民が、最も混沌を体感した時代であろう」

「南フランスの人々が、旧代のアルザス・ロレーヌ地方よりも短い期間で凝縮、蓄積された苦悩を抱いた時代」

 という認識は、人々の実体験のもとに今世の史家によって広められ、ラーズ達若い世代も大なり小なり共有するものとなった。その混沌に生を受け、ゴシュオ=ランパーゼを結成して戦ってきたフリキアもまた、当時を振り返って語ることがある。

「あの頃に比べたらなぁ、今はどこの国のお偉方にも、街の皆様方にも、俺達傭兵連中にも、やりやすい時代になったもんだ。今も戦乱っちゃあ戦乱の世だが、昔はそんなことも言ってられねえくらい、ひでえ有様だった」

 フリキアの言う通り、戦乱は未だ続いている。だが、各国の戦力拮抗や軍屯政策の副次効果により、都市自体やそこに暮らす市民に直接被害を与えるような戦闘風景は、31世紀に入ってから、特に最近十年で圧倒的に減少したことは確かだ――傭兵になる以前に先達や仲間と共にかつての戦災地域を訪れた際、復興を遂げた街並だけでなく、それに費やされたであろう平和な時間の長きを、少年・ラーズも強く意識する所があった。

 国境事情の安定は、人民には歓迎すべきものなのだろう。過去に比べれば支配域が狭まったものの、カステリアにとっても今のピレネの地勢に頼った方が守りに徹し易い。

 ただし、敵が近接する距離に拠点を構えていない分、カステリアにはユーロニティ軍の動向の把握が一層求められるようになったのである。カステリアは平易より、ピレネ国境近辺の詰所の警備の配置による哨戒だけでなく、ユーロニティ領内への斥候を厚くして情報収集に当たらせていた。だが、今回はそれが全く機能しなかった。

 これは後からラーズ達ゴシュオ=ランパーゼが参加する対ユーロニティ前線軍に知らされたことだが、カステリア軍がユーロニティへ派遣した斥候達との定時報告が全て、急襲の2日前から途絶えていた。彼等はカステリアに向けるユーロニティ軍の動向を探っていたのだが、彼等のもたらすべき情報による事前察知が叶わなかった為に、国境の詰所の臨戦体制が充分でないまま襲撃を受けたことで、事実を初めて知らされた形になる。何故彼等は絶ったのかと問われれば、今回の急襲の直前に対カステリア方面軍の総司令に任命されたユーロニティの将軍・ハイロム=ヨークデリア大将が1週間後に発表した、

「100を超えるカステリアからの諜報斥候を、ひとり残らず捕らえて処刑した」

という声明を以て答えるべきか。もっとも、大将が発表した数字は、カステリアが送っていた人間の実数よりも相当上回る。

 いつの時代も、敵の機先を伺うには、正確な情報を迅速に取得することが第一条件とされている。また、かつての英雄達がピレネ越えに数日単位を費やした中世とは異なり、輸送車両を残し戦闘員であるアームドデルタに限定させて行軍に走るならば、ものの1〜2時間でトゥルーズから国境に届いてしまう。ヨークデリア将軍によって情報を奪われた時点で、攻めあぐねていたユーロニティに対して優位に展開していたはずのカステリアは、今度は一転して窮地に追い込まれることになった。




 国境を超えたユーロニティ軍のアームドデルタの大部隊が、イーストウエスカの駐屯地にまっすぐ向かっている――最初の報せに続く各地の観測所からの報告を聞いたカステリア軍の反応は迅速だった。

 留守を預かる部隊以外の全ての遣い手がアームドデルタに変身し、領内に侵入したユーロニティ軍の迎撃に向かった。指揮官達は、部下と同様アームドデルタで飛行しながら、レーダー管制によって敵の動きとアームドデルタの種類・規模を割り出す観測所から転送されたデータを参考に、対決すると予測される地域で取るべき戦術を即席の軍議で模索し始めた。

 敵ユーロニティ軍は、専用機を纏い自ら出陣するヨークデリア大将の抱えた約4,000機の前衛軍を、従来カステリアと戦ってきた5,000機に近い中衛軍と、新型機らしい未登録機体が中心となっている3,000機程の後衛軍が距離を置きつつ追う、三段構えの陣列で迫っている。12,000機にも達するアームドデルタの巨大軍団に対し、迎撃するカステリア軍の動員機数は7,000。過去にそうそう例が無い規模の戦力差からは、国力の違い、加えて、ユーロニティ軍が孕む決着の意志を、カステリア軍の誰もが感じ取っていた。

 双方の行軍速度から決戦予測地として弾き出されたのは、遮るものが何も無い開かれた平原と、雲一つ浮かばない快晴の朝空。互いに正面激突に及ぶのならば、数の上ではユーロニティに有利な戦局である。

 しかし、こちらは観測所から転送される広範囲レーダーのデータで敵の動きが掌握できるが、ユーロニティ軍はアームドデルタのみによる速攻を重視している以上、機体が搭載する短距離情報型のレーダーのみ。つまるところ、カステリアには敵陣容が丸わかりで、ユーロニティ軍には直前までこちらの陣形や動作は掴めないのだ。機先を制されて数的不利にあっても、戦術面では有利に展開できる余地がカステリア軍には残っていた。

 そして、カステリア軍の取る戦術は、2分間の「飛行軍議」で決定し、傍受されないようガードレベルを上げた重通信を用い、5分も経たない内に正規軍・傭兵部隊の上下総員への伝達が完了した。各員に下された大まかな作戦内容は、

「当方は1,000機単位の7陣に分かれ、2陣は先行迂回してそれぞれ中衛・後衛を撹乱。その足が止めて前衛を切り離した所を、残る5陣で包囲して叩く」

 それは、前衛軍にいる敵大将のヨークデリアに狙いを絞った作戦だった。ヨークデリアは最前線で戦闘に及ぶのを好むという破格の気質で有名な将軍である。そして事実、ヨークデリアが前線に出ている情報がある。速やかにこれを討ち取って、敵の指示系統を混乱させた後に攻勢に出るのだ。

 だが、実行に移すとなれば、そう簡単なものではない。前線で暴れ回る大将と彼の駆るアームドデルタ・アグバーンは、単機でもめっぽう強い。最近ユーロニティからカステリアに鞍替えした幾つかの傭兵部隊だけでなく、カステリアで長年活動しているゴシュオ=ランパーゼの長・フリキアと古参の面々も、敵味方の差はあれどハイロム=ヨークデリアの猛威を目の当たりにしていた。更に、彼に従う直轄軍もまた、指揮官譲りの精強でヨーロッパ中に知られている。連戦の勝利で士気は高いカステリア軍だが、強敵相手にどこまで戦えるか。激突するまで予測は許されない。

 カステリア迎撃軍5,000対ユーロニティ前衛軍4,000の攻防と、迂回軍が敵中後衛を抑え切って前衛軍への合流を防げるかどうか――最善を保証された選択肢が存在しない戦場で、勝敗はそれらの帰趨に掛かっている。




 傭兵部隊の中でも組織機構が大きく練度の高いゴシュオ=ランパーゼは、大隊規模で分散し、正面からの迎撃軍と迂回部隊に混ざることになった。安定した戦術対応が可能なフリキアの本隊とカミユ・リュード・ヘルミナらの大隊は、迎撃側に混ざって状況に応じて動く。優れた機動戦闘の技量を持つカリン・フェーベル・エルンストらの大隊は迂回側の2部隊に入り、ただただひたすらユーロニティ軍を撹乱する役割を担う。

 カリンの大隊中のヘンリー小隊に属しているラーズは、中衛軍相手に乱戦に挑むべく、第一迂回部隊の隊列を成す1機として空を翔けている。そんな彼のアームドデルタは、今まで使い込んで慣れたスカイブラックではなく、カミユから貸し与えられたガーヴァンサス=ツンツェル。短時間でスカイブラックとの違いを確かめながら機体制御のOSの掌握を進める彼に、ゴシュオ=ランパーゼの仲間や他の傭兵隊、正規軍の知った面々が、具合はどうかと次々に尋ねてくる。迂回軍の中で比較的親しい人間達のうち、ラーズを案じて問い掛けるようなことが無かったのは、彼を鍛え上げてきたカリンだけだった。

 不安そうな彼等の予想に反し、ガーヴァンサス=ツンツェルのスピーカーを介したラーズの返答は、誰がどう聞いてもツンツェルへの満足が窺えるものだった。

『流石にパワーは落ちますけど、スカイブラックよりもずっと、機体もOSの動作も『軽い』ですよ。準備不足はありますが、これなら、乱戦は充分やれます。大丈夫』

 それを聞いた味方の面々だけでなく、それを言ったラーズ自身も、懸念を完全に振り払うのは難しい。だが、扱い始めたばかりのツンツェルは、味方機に遅れず高度もぶれず、安定した飛行を見せている。万全を求めるのは無理であるにしても、期待はできる。足を引っ張ることがなさそうなのは、周囲にも彼自身にも安堵を以て確かめられた。

 飛行時に推力を得るバーニアの加減、腕や脚の可動関節の反射速度、武装展開に費やす時間。それぞれを異なった出力割合で細かく検証し、動作の相違をあらかた把握し終えた。本当は、ライナーライフルの試し撃ちも行って、スカイブラックのそれとの威力・反動・連射速度・冷却時間等も予め体感してみたかったものの、野外訓練施設のような指定領域や戦闘空域以外での発砲は原則として禁止とされていた。そうなると、彼が操る機体をツンツェルに換えた本願である武装・マルチトーピドーも、ぶっつけ本番で使ってみることになるのだが、今まで用いた経験の無い代物につき、操作を誤って味方を撃ち落とすような真似は避けたい。こちらは、今回は見送るしかなさそうだ。

 ツンツェルを借り受けてスカイブラックをすぐ預けた時は、自分の逃げ場を失くす意味でそれがベストだと、ラーズは信じていた。ところが、トーピドーを使えない為に、スカイブラックよりも確実に戦術的価値の劣るガーヴァンサス=ツンツェルを駆使せざるを得ない今になって見れば、先の自分の選択はどうあがいても愚行にしか感じられない。運用訓練の時間すら無かった不運があるのは間違いないが、情や状況に流される甘さが招いた不利であるのも否めない。

 悔やんだ所で、既に戦場にいる。後はもう、戦うしかない。時間は戻ってはくれないのだ。

 ラーズは覚悟を決め、目前の空域に意識を集中し始めた。


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第1話「重鉄刀の斬兵」(9)

 ともあれ、ゴシュオ=ランパーゼの主であるフリキアが『重鉄刀の斬兵』の名を出さなくなったこともあり、部隊内での「流行」も次第に収まっていった。当のラーズは自身の期待通り落ち着きを保てるようになった反面、ある種の罪悪感からか、フリキアに軽口を叩くのはおろか、彼と面と向かって対面することもできなくなった。ひとつの苦悩の払拭が、別の辛さ痛さを生んでいた。

 そうして過ぎゆく日々にあって、ひとりの心情を無視して多くの人々と広大な世界は流れていく。カステリアとユーロニティの抗争は依然続き、ラーズも戦場に飛び込めば、前と変わらぬ働きぶりを見せた。だが、この頃の彼は、『重鉄刀の斬兵』とは関係の無い所で微かな変調を感じていた。当時の彼の愛機・スカイブラックが扱いにくいと思うようになったのだ。

 アームドデルタのみならず、世にある大抵の物は、使い込めば使い込んだ分だけ慣れていき、扱い易いと感じるようになるものだ。幼い子供も最初はペンを握れないが、書く回数を重ねていくことで、意識することなく文字を走らせられるまでに達する。彼の携える厚重ねの愛刀『梅花兼良』の重量も、頂いた当初は到底振り切れるものではないと思っていたが、使っていく内に次第に慣れて今に至っている。

 ところが、それらとは異なり、傭兵となってアームドデルタの戦場における運用経験を本格的に積み上げていくにつれ、遣い手のラーズがスカイブラックの機体特性に首を傾げる場面が多くなった。具体的にどこがどうとは本人にも説明しがたいが、慣れれば慣れる程に底の知れない機体の本領が遠ざかるような感覚を受けていた。

 それでも、スカイブラックを量産汎用機のドムラス等と比べれてみればパワーもスピードも遥かにハイクラスにあり、性能について言えば他のメンバーからも羨ましがられる機体であることに変わりは無い。ラーズを嫌う者達の中には、

「スカイブラックあってのあいつの超絶スコアだ」

 などと陰口を叩いているが、彼自身もそれは事実として素直に認めていた。




 それだけの性能を持ったアームドデルタでありながら、他のメンバーから借り入れを申し込まれることも無ければ、無理矢理に強奪されることもない。それは主に、スカイブラックと共にラーズが部隊に入った時の機体精査により、このアームドデルタが彼以外に誰も扱えないと判明していた為だった。

 通常、アームドデルタは機体管理等のパスワードとする生態認証のマスターデータさえ削除すれば、他の人間でも使用することが可能になる。だが、ラーズが初期状態のスカイブラックへ変身する際に読み込まれた認証データは、どういうわけか削除出来なかった。不審に思った部隊の専任エンジニアが、ラーズの承諾を得て色々と試みたものの、どうやら初期化すら不可能だったらしい。

 ゴシュオ=ランパーゼ入隊時の調査でスカイブラックについてわかったことは、大まかにみっつ。ひとつは先に挙げた、各種パーソナルデータの書き換えが不可であること。もうひとつは、彼が使用していた当時の段階で、本来100%近くまでドライヴさせるはずのアームドデルタ展開時のCPU稼働率が、スカイブラックの場合は全体の僅か5%にも満たないという点。更に、データ総量の大半を占める未使用領域のプログラムすら、使用者による自力展開・解析用コンピュータによるアナライズともに不能であること――エンジニアと接触する際に装甲の修復と実弾精製の素材の補充を依頼するくらいしか気にかけなかったラーズにとって、スカイブラックが抱いている謎は失笑せざるを得ない程の驚愕の新事実であった。ただ、この機体を入手した時の特異な「状況」から、薄々感づいていた怪しさに納得する所もいくらかはあった。

 あまりに不明な点の多いアームドデルタのこと、エンジニア達はスカイブラックの使用禁止をフリキアに提言した。突然戦場でどのようなことになるかわからず、使用者であるラーズ自身も危険だという判断による所のものだった。けれども、部隊のエース機群を上回る出力に裏打ちされたパワーとスピードはやはり魅力で、フリキア達上層部の間でも意見が分かれた。結局、これまでスカイブラックを使用して何も無かったと言うラーズの主張を優先する形で決着し、試験運用として暫く様子を見ることになったのだ。

 そして、傭兵部隊に身を投じて組織戦闘の一翼を担う中で、ラーズのスカイブラックへの使いにくさは日ごとに強まっていった。機体自体の違和感だけでなく、武装の少なさにも原因があった。

 スカイブラックが展開することのできる武器は、比較的大きなサイズの片刃剣と、アームドデルタの原動力である永久機関が生み出す熱エネルギー「ライナー」を撃ち出す銃器・ライナーライフル。それに、頭部に内蔵されている牽制用連射小型火器・アイガンナーを加えた3種類。標準的な装備ではあるが、敵味方で広く支持されている量産機・ドムラスですら、近接用武器・ライナーライフル・アイガンナーに加えて、自律機動魚雷・トーピドー兵器を保有しているのを見れば、豊富だとは言えない。

 トーピドーはその火力と誘導性の高さから、回避の為には確実に撃ち落とさなければならないという兵器群であり、敵機や敵戦線との中〜遠距離の間合いを維持する時や、広い空間で加減速を繰り返しつつ射撃で妨害しながら敵を詰める高機動戦闘時に、より早い段階で主導権を握るのに優れている。スカイブラックにこれを持たないラーズは、ライフルやアイガンナーで敵のトーピドーを撃ち落とし、或いはギリギリまで引き付けて剣で斬り払って直撃を防いでいた。雑兵相手ならばそれでも追い付くが、手練と交えたならば、その回避行動から隙を突かれてあわやということもあった。

 アームドデルタはデータ許容量を超えない限り、様々な武装を組み合せることが可能である。例を挙げれば、メーカーの初期出庫状態で4種の武器を有するドムラスならば、近接武器とバズーカ砲を交換させて、大型拠点の攻略用に火力を重視させた武装編成を取ることもできる。当然ラーズもこれに習い、スカイブラックへの武装追加を考えた。だが、ゴシュオ=ランパーゼのエンジニア達がどんなに手を尽くそうとも、スカイブラックは武装プログラムの更新を受け付けなかった。

 トーピドーの追加が不可能となれば、戦場では後手に回る。だが、スカイブラックのスピードは、真っ直ぐ突っ込む分には特に速かった。彼が所属する大隊の指揮を取る「部長」でゴシュオ=ランパーゼの誇るダブルエースのひとりでもある女傭兵・カリンのアドバイスを受けて、独学で積み上げた単機突撃技術を一から構築し直すと、機体の基本性能にモノを言わせて敵の懐に突っ込んでトーピドーを使えない近い間合いで忙しく立ち回る、命知らずの乱戦スタイルを取るようになった。

 だからこそ、彼はメンバーの想像を逸脱する敵機撃墜数を成し遂げられた。それは同時に、『重鉄刀の斬兵』と呼ばれるに足りる衝撃を、戦場に居合わせた敵軍・自軍の双方に与えたことになったのだが。




 さりとて、機体性能に頼らざるを得ない彼の戦法は、より良いスペックを持った新型量産機が陸続と投入されれば、いつかは打ち破られることになる。将来的にスカイブラックから別の機体に替えることも視野に入れ、トーピドー兵器等の未だ使ったことの無い武装の扱いにも慣れなければならなかった。

 こうしたラーズの焦りを察していたのが、重責の多忙を結って自己改造に付き合ってくれているカリンと、もうひとりのトップエース・カミユだった。カミユもまたラーズより先輩で、ゴシュオ=ランパーゼ全隊の主要幹部の一員である。にも関わらず、ラーズが加入間もなかった頃から気さくに話し掛けてくれ、ラーズもまたフリキアやカリンと同様かそれ以上に彼を慕うようになった。ラーズが戦果を挙げて『重鉄刀の斬兵』を得ても、彼は「ラーズ」のままで接してくれていた点が大きかったのかも知れない。

 ユーロニティ軍迎撃の陣中にあって、3人だけで竃を囲んだ時だった。カミユが突然、自身の保有している数あるアームドデルタのうち、武装と性能バランスに優れた1機の貸与をラーズに打診してきたのだ。ラーズも初めは断っていた。自身の機体へのカミユの愛着は部隊の皆が知る所で、それを超えて貸し出そうと言ってくれるカミユは、本当に自分のことを信頼している。それは充分過ぎる程わかっていた。ならば尚の事、カミユのアームドデルタを頂くことで他のメンバーから羨望や嫉妬の目で見られるのを恐れなければならない。

 カミユとカリンは、部隊で未だ新参に位置するラーズが遣う神経を理解した上で、半ば強硬的に申し出を受けるように迫った。カリンに至っては、ラーズが受けなければ今後一切の技術指導をしないなどと脅してかかるので、頑固な彼もとうとう折れるしかなかった。そして、カミユのコレクションのうちの1機、今もラーズが纏っているアームドデルタ・ガーヴァンサス=ツンツェルを借り受けることになったのである。

 カミユの持つアームドデルタは全て、ガーヴァンサスという名を冠した機体だった。30世紀末の大戦においてユーロニティ軍で開発され、無敵を誇った『ヴァルトレイグ七将』のひとりを倒す等の功績を挙げ、噂が噂を呼び伝説化されたアームドデルタ・オリジナル=ガーヴァンサス。この活躍以来、重装甲と機動性を両立させながら格段に機体全性能を向上させた名機を参考に、プログラムや設計上の仔細は違えど、派生機と称して外観を模したレプリカが各国で作られるようになった。ラーズが借りたツンツェルや、カミユが主に駆るガーヴァンサス=ウィドラは、現在も続くある種の「ガーヴァンサス・ブーム」で開発されたもの。開発者達と同様、カミユもまたガーヴァンサスの神話に魅せられたひとりだった。カミユをはじめ、ガーヴァンサスタイプを遣う人間はいずれも名の通った巧者達で、カミユ自身もウィドラのボディカラーから取って『真紅の英雄』と呼ばれている。

 実の所、ラーズがカミユの打診を断ろうとした最大の理由は、ガーヴァンサスという名のアームドデルタと、カミユという人物にあった。『重鉄刀の斬兵』を嫌う彼のこと、ツンツェルを操る自分を『真紅の英雄』の兄弟分と見なされて再び祭り上げられるようにでもなれば、それこそ頭が痛くなる。カミユこそ真の英雄だとする尊敬の念もあって、ラーズの異名よりも遥かなプレッシャーとなる予測は確実な形で目に見えていた。だが、フリキアに無理な陳情した以上、カミユとカリンに同じような我が儘は言えるはずもない。ましてやカリンの脅迫もある。

 考えた挙句、ラーズは暫くそれらに耐えて、ガーヴァンサス=ツンツェルからの新しい戦闘スタイルの吸収に専念しようと、心を定めることにした。また、ツンツェルの使用に平行する時間を無駄にすることのないよう、謎に包まれたスカイブラックの本格的な解析を頼むべく、彼が傭兵になる以前からの旧知で信頼できるメカニックを呼んで、その日のうちに愛機を預けた。

 こうなれば覚悟を決めるしかない。明ける日の朝、気合を改め、アームドデルタを替えてから初の訓練に乗り出そうとするラーズだが、戦陣にあっては、時は予感も許さずに自ら忍び寄る。

 カステリアの陣に朝日を告げる鶏の声と共に、ユーロニティの大軍が一斉に国境を超えたとの急報が舞い込んだ――


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